大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(あ)392号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

一検察官の上告趣意のうち戸別訪問罪の成立要件の解釈に関する判例違反を主張する論旨について。

論旨は、大審院昭和三年一〇月二二日第二刑事部判決(法律新聞二九一八号九頁)、昭和一一年一〇月一日第二刑事部判決(法律新聞四〇六六号八頁)等の判例によれば、公職選挙法一三八条一項に規定する戸別訪問罪の主観的要件としては、第三者に投票を得しめる目的をもつてする戸別訪問罪の場合、単に投票を得しめる目的があればそれだけで十分であつて、戸別訪問の際特に投票を依頼する旨相手方に明示しようとする意思ないし目的は必要としないものと解すべきであるが、原判決は、戸別訪問罪の主観的要件としての「投票を得しめる目的」があるといい得るためには、選挙人に直接面接し、口頭で投票を依頼する意思を要するとの見解を示し、本件において被告人らにこのような意思が認められないことを理由として戸別訪問罪の成立を否定したものであつて、まさに前記各判例の趣旨と相反する判断をしたものであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れないというのである。

よつて調査すると、原判決の認めている被告人らの所為は、昭和三七年七月一日施行の参議院議員通常選挙に際し、東京地方区から立候補した野坂参三を支持する被告人らが、投票日も間近い同年六月二四日東京都大田区女塚一丁目二五番地茄子田政次郎方ほか七名の選挙人方を順次訪問し、その各戸において、家人に対し、原水爆禁止の署名および醵金を求めるとともに、野坂候補を推薦し、かつ、その支持と同候補への投票を求める趣旨の記事を掲載した民主青年新聞号外を配布し、なおその時、数カ所においては野坂候補を推薦する趣旨のことを述べたというものである。

そして、第一審判決は、被告人らの所為を法定外選挙運動文書頒布罪のほかに戸別訪問罪にも該当すると判断し、なお、被告人らには当時野坂候補に投票を得しめる目的がなかつたから戸別訪問罪は成立しないとの弁護人の主張に対し、(一)本件各戸の訪問の時期が選挙投票日を一週間後に控えた選挙運動たけなわの時であること、(二)各戸に配布した民主青年新聞号外は同選挙の特集号で、その紙面はほとんど全部野坂候補の写真、経歴、その推薦記事で埋められていたこと、(三)被告人らが訪問先の数戸で同選挙につき投票する人を決めたかどうかを尋ねたり、あるいは野坂候補を推薦するようなことを言つたりしていること、(四)被訪問者の多数が被告人らの訪問を野坂参三の選挙運動と直ちに感じたと述べていること、(五)訪問先のうち小林正男方では同選挙に対する共産党の政策を大きく掲げた同党の中央機関紙アカハタをも配布していること、(六)被告人らの属する民主青年同盟では、中央委員会決定により同選挙には共産党の野坂、岩間候補を推すことを決めて同盟員に呼びかけていること、(七)被告人らがいずれも相当の知識理解力を有する者であること、そのほかに、本件訪問は約一時間半の間にほぼ同じ態様で連続して行なわれている点から見て、同一の意図、目的のもとに行なわれたと認められることの諸情況を認定し、これを総合して、当時、被告人らは、原水爆禁止の署名を求め、民主青年新聞の販路を拡張するという目的のほかに、野坂候補に投票を得しめる目的をもあわせ有していたものと認定すると判示して、弁護人の主張を排斥したのである。

これに対し、原判決は、まず、第一審判決が被告人らに野坂候補に投票を得しめる目的があつたとの認定の根拠として挙げる前記の諸情況のうち(三)の事実からは直ちにその目的を認定するには疑いがあり、その他の事実は、被告人らが野坂候補を当選させたい意思を有し、民主青年新聞号外を配布したのがそのためであつたことを認定する根拠にはなり得ても、口頭で投票を依頼する意思まで有していたことの根拠にはなり得ず、それゆえ被告人らに野坂候補に投票を得しめる目的があつたとは認められないと判示するとともに、さらに、民主青年新聞号外の内容が前記のようなものであるとすれば、これを頒布する目的で戸別に訪問するのもまた選挙に関し投票を得しめる目的をもつてする戸別訪問にあたるのではないかとの問題をみずから提起し、これについて、法が戸別訪問を禁止している趣旨は親しく訪問することに選挙運動として特段の意味のある場合を予想しているというべきで、いいかえるならば直接面接し口頭で投票(場合によつては投票しないこと)を依頼する行為を対象としていると解すべきであり、戸別に訪問して法定外文書を配布して歩く行為は、もしそれだけに止まるならばその頒布罪として処罰すれば足り、重ねて戸別訪問罪として処罰することは法の趣旨ではなく、本件において、被告人らが各訪問先で民主青年新聞号外を手渡す際「これを読んで下さい。」という趣旨のことを言つたことは認められるが、この程度の言葉は、文書の交付に当然随伴するもので、これを言つたからといつて文書の頒布のほかに投票依頼がなされたと見ることは困難であると判示し、結局、本件において、被告人らの行為を戸別訪問罪に該当すると認めることはできないと判断したのである。以上の原判示によれば、原判決は、戸別訪問罪における「投票を得しめる目的」があるといい得るためには被訪問者に対し「口頭で投票を依頼する意思」のあることを要し、また、戸別訪問の行為として「被訪問者に対し直接面接して口頭で投票を依頼する行為」を要するとの見解に立脚し、この見解のもとに、本件においては証拠上かかる意思および行為が認められないものとして無罪の判断をしたものと解せられる。

ところで、公職選挙法一三八条一項に規定する戸別訪問罪の成立要件としては、選挙に関し、投票を得もしくは得しめまたは得しめない目的をもつて、選挙人方を戸別に訪れ、面会を求める行為をすれば足り、必ずしもそれ以上に当該選挙人に面接するとか、さらには口頭で投票しまたは投票しないことを依頼するとかの行為に及ぶことを要しないものと解すべきである。この解釈は、公職選挙法一三八条一項の前身である旧衆議院議員選挙法九八条一項に関して、大審院屡次の判例とされて来たところであり、現在、本件において、これを変更すべき必要は認められない、そして、検察官所論引用の大審院昭和三年(れ)第一二〇二号同年一〇月二二日第二刑事部判決(法律新聞二九一八号九頁、法律評論一九巻下諸法一六〇頁参照)、昭和一一年(れ)一三八三号同年一〇月一日第二刑事部判決(法律新聞四〇六六号八頁、法律評論二五巻下諸法六九二頁参照)も、以上の趣旨を判示しているものと認められる(この点に関する所論引用のその余の判例は、適切ではない。)。この見地から考察するならば、原判決の認めている被告人らの前記のような本件所為の内容、被告人らに野坂候補に投票を得しめる目的があつたとの認定の根拠として第一審判決が挙げ、かつ、記録上もうかがわれる前記諸情況事実からすれば、被告人らの本件所為が法定外文書頒布罪のほかに野坂候補に投票を得しめる目的をもつてする戸別訪問罪にも該当すると判断する余地があると認められる。

ところが、原判決が前記見解のもとに本件戸別訪問罪の成立を否定したのは、結局、法令の解釈を誤つて、検察官所論引用の前記両判例と相反する判断をし、ひいて審理を尽くさなかつた違法に基づくものというべく、そして、これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、この点において破棄を免れない。

二戸別訪問罪と法定外文書頒布罪との関係についての判断に関する判例違反を主張する論旨について。

論旨は、大審院昭和七年四月一四日判決(刑集一一巻四四七頁)および昭和一三年五月一七日判決(刑集一七巻三八四頁)は、戸別訪問と金品または財産上の利益の供与との関係を観念的競合と解し、また、広島高等裁判所岡山支部昭和三〇年九月一三日判決(高等裁判所刑事裁判特報二巻二一号一〇七八頁)は、戸別訪問と署名運動との関係を観念的競合と解しているのであつて、これらの判例の趣旨に従うならば、当然、本件戸別訪問と法定外文書頒布との関係も観念的競合と解すべきであるのに、原判決は、両者の関係を併合罪と解したものであつて、これらの判例と相反する判断をしたものというべきであり、そして、戸別訪問について主文において無罪の言渡しをしたものであるから、この点においても判決に影響を及ぼすべき判例違反があるというのである。

よつて調査すると、原判決が本件起訴にかかる戸別訪問と法定外文書頒布とを併合罪の関係にあるものと解し、かつ、戸別訪問について犯罪の成立を認めることができないとして主文において無罪の言渡しをしたものであることは、所論のとおりである。しかし、所論引用の各判例は、本件と事案を異にし、適切とは認め難いから、所論は、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、本件起訴状によれば、本件戸別訪問と法定外文書頒布とは同一の機会に行なわれたものであつて観念的競合の関係にあるものとして訴因が構成されており、第一審判決もこれと同じ見解であるところ、第一審および原審における証拠調の結果からうかがわれる事実関係に徴すれば、訴因の構成は相当と認められ(最高裁判所昭和三五年(あ)第一一七三号同三六年三月一七日第二小法廷判決、刑集一五巻三号五二七頁参照)、従つて、本件訴訟上これを一罪として取り扱うべきであるから、原判決がこれを併合罪と解し、戸別訪問について主文において無罪の言渡しをしたのは、法律の解釈適用を誤つたものであつて、その違法が判決に影響を及ぼすものといわなければならない。しかし、この事由自体の結果は、本来は判決理由中において犯罪の成立を認めない旨を説明するにとどめるべき一部の犯罪事実について、主文において無罪の言渡しをしたというに過ぎないものであつて、そのため原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。

よつて、その余の上告論旨に対する判断を省略し、本件上告は、原判決の全部に対してされたものであるから、刑訴法四〇五条三号、四一〇条一項本文により原判決全部を破棄し、同法四一三条本文によりさらに審理を尽くさせるため事件を原裁判所に差し戻すことにして、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(下村三郎 田中二郎 松本正雄)

検察官の上告趣意

東京高等裁判所第一一刑事部は、昭和四〇年一一月二六日被告人田中良平、同後藤暁子に対する頭書被告事件につき「本件公訴事実のうち戸別訪問の点については、被告人両名は無罪」なる旨の判決を言い渡した。

しかしながら、右判決は、公職選挙法第一三八条第一項、同第二三九条第三号並びに刑法第五四条第一項前段の解釈を誤り、従来の判例の判断と相反する判断をしたものであるばかりでなく、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるのでいずれの点よりするも破棄を免れないものと信ずる。

第一、第二審判決までの経緯〈省略〉

第二、判例違反

原判決には判例違反がある。

一、戸別訪問罪について

戸別訪問罪を規定した公職選挙法第一三八条第一項の解釈について、原判決は前記のような見解をとつたのであるが、この点に関する従来の判例について検討するに

1 戸別訪問の目的について

(一) 昭和一一年二月一七日大審院第二刑事部判決は

「苟モ……投票ヲ得若ハ得シムル目的ヲ以テ選挙人ノ居宅ヲ歴訪シタルトキハ……併セテ其ノ村内ニ於ケル選挙人の状勢ヲモ探知セントスル目的ヲ有シタルトスルモ之カ為ニ右法条ニ所謂戸別訪問タルコトヲ妨クルモノニ非ス」(大審院刑事判例集一五巻一二七頁)

と判示し

(二) 昭和二九年四月八日福岡高等裁判所第三刑事部判決は

「戸別訪問とは、選挙に関し候補者に投票を得しめる等同条所定の選挙運動をなす目的をもつて戸別に選挙人を訪問することにあるから、連続して数人の選挙人方に赴き、たまたま候補者のため投票方を依願した事実があつても、その訪問が純然たる他の所用の目的をもつてなされたものであるときは、これを単なる個々面接ということができるけれども、いやしくもその訪問について、候補者に投票を得しめる目的がある限り他の用件を併せ有し、または他の用件に仮託した場合においてもまさに戸別訪問に該当するものと解すべきである。」(高等裁判所刑事判決特報二六号七九頁)

と判示している。

2 戸別訪問と投票を依頼する行為について

(一) 昭和三年一〇月二二日大審院第二刑事部判決は

「戸別訪問トハ投票ヲ得シムル目的ヲ以テ選挙人ノ戸々ヲ訪問スル行為ヲ指称スルモノナレハ縦令推薦状ノ加名ヲ求ムル為戸別訪問ヲ為ス場合ト雖当該選挙人ノ投票ヲ得ル目的ヲ併セ有スルヲ得ヘク斯ル場合ニハ其ノ点ニ於テ該罰条ニ触ルルモノト云フヘシ……推薦状ニ加名ヲ求ムル際表面上投票ノ依頼ヲ為ササル旨陳ヘタレハトテ犯罪成立ノ後ニ係ルノミナラス表面上右ノ如キ言辞ヲ陳フルモ態度ニヨリ投票ヲ得シムル意思ヲ暗示シ得モノナレハ表面上右ノ如キ言辞アリタレハトテ犯罪成立ノ認定ヲ為ス妨ケトナラス」(法律新聞二九一八号九頁)

と判示し

(二) 昭和一一年一〇月一日大審院第二刑事部判決は

「選挙ニ際シ……投票ヲ得又ハ得シムル目的ヲ以テ……投票ヲ依頼スル為連続シテ……戸別ニ選挙人宅ヲ訪問スルニ於テハ直ニ選挙罰条ニ所謂……戸別訪問ノ犯罪成立スルモノニシテ必スシモ当該選挙ニ対シ……訪問ノ旨趣ヲ通告シテ投票ヲ依頼スルコトヲ要スルモノニ非ス蓋シ故意ニ斯ルコトヲ為ササルモ其ノ際ニ於ケル諸般ノ状況ニ依リ相手方ヲシテ其ノ旨趣ヲ領会セシムルコトヲ得ルモノナレハナリ」(法律新聞四〇六六号八頁)

と判示している。

3 戸別訪問と文書頒布との併存の場合について

(一) 昭和三八年一月二九日東京高等裁判所第一〇刑事部判決(昭和三七年(う)第二一七五号)は、昭和三七年九月六日六日町簡易裁判所の「被告人は新潟県知事選挙に際し候補者に当選を得しめる目的をもつて選挙人二九名の各居宅を歴訪し、かつその際右候補者の氏名写真略歴及び県政に対する抱負等を掲載した全電通号外を右選挙人宅に一枚ずつ配布し、もつて戸別訪問をするとともに法定外文書を頒布した」として右両罪の成立を認めた判決(事案の内容は特に投票依頼の行為はない)につき右一審判決を支持し、

(二) 昭和三八年九月二六日東京高等裁判所第八刑事部判決(昭和三八年(う)第一一八七号)は、昭和三八年四月一八日油津簡易裁判所の「被告人は参議院議員選挙に際し聖成稔候補に投票を得しめる目的をもつて選挙人七名方を戸々に訪問し「全国区セイジョウ」と印刷した法定外選挙運動文書を五〇枚乃至四四〇枚合計一〇三〇枚を交付しもつて戸別訪問をし、かつ法定外選挙運動文書を頒布した」として右両罪の成立を認めた判決(事案の内容は必ずしも訪問先のすべてにおいて投票依頼行為をしていない)につき被告人控訴を棄却し右一審判決を支持しているのである。

4 すなわち前記各判例によれば

(一) 戸別訪問罪が成立するためには選挙人方居宅を歴訪するに際し単に特定の候補者に投票を得しめる目的を有すれば足りるのであつて、(前記1の(一)および(二)の各判例)

(二) 他の目的を併せ有しまたは他の用件に仮託した場合においても戸別訪問たることを何等妨げるものではないのである。(前記の(一)および(二)の各判例)

(三) 戸別訪問の罪は前記の如き目的をもつて訪問すれば直ちに成立し訪問に際し選挙人に対し訪問の趣旨を通告して投票を依頼することは必要でないとし、その理由として、相手方に対しことさらにかゝる依頼をなさなくとも、その際における態度その他諸般の状況により相手方に投票依頼の趣旨を暗示し了解させることができるからであるとしている。(前記2の(一)および(二)の各判例)

(四) 候補者に当選または投票を得しめる目的で選挙人方を訪問するに際し法定外の選挙運動文書を頒布した場合において、訪問先で必ずしも明示の投票依頼の行為がないのにもかかわらず、法定外選挙運動文書頒布と共に戸別訪問の両罪の成立を認めているのである。(前記3の(一)および(二)の各判例。)上記の各判例を総合してみると。戸別訪問罪の主観的要件としては、単に投票を得しめる目的があればそれだけで充分であつて、戸別訪問の際特に投票を依頼する旨相手方に明示しようとする意思ないしは目的は必要としないものと解せられるのである。

果してしからば原判決は、本件において、文書の内容が野坂参三候補を推薦し、その支持とこれに対する投票を求める趣旨のものであるところから、本件文書を訪問先において手渡すことは一種の「投票を得しめる目的」があるといえないことはないであろうと認めているのであるから、戸別訪問の主観的要件としてはこれで充分であり、前記各判例の趣旨に徴し当然戸別訪問罪の成立を認むべき筋合である。

ところが原判決は、被告人らが、右訪問に際し訪問先において直接相手方に面接し口頭で投票を依頼する意思まで有していたとは認められないとして戸別訪問罪の成立を否定しているのである。すなわち戸別訪問の罪の主観的要件としての「投票を得しめる目的」には、選挙人に直接面接の、口頭で投票を依頼する意思ないしは目的を要するとの見解の下に、本件においてはこれが認められないことを理由として戸別訪問罪の成立を否定したのである。この原判決の見解は公職選挙法第一三八条第一項所定の「投票を得しめる等の目的」があるというために、選挙人に直接面接して口頭で投票を依頼することを要するという特段の意思目的を必要とするとする独自の見解を示すものであつて、まさに前記各判例の趣旨と相反する判断をしたものであり、判決に影響をおよぼすことが明らかである。しかも後記第三に詳述するとおり原判決の判断は法令の解釈上からも到底是認し得ないところであるから、当然破棄を免れないものとする。

二、戸別訪問罪と法定文書頒布罪との関係について

原判決は、本件公訴事実の戸別訪問と法定外文書頒布の各罪の実行行為は別個であつて二者は併合罪の関係に立つものであるとし、そのうち戸別訪問については犯罪の成立を認めがたいとして主文において無罪の言渡しをなした。しかしながら、かかる原判決は、一面、本件戸別訪問と法定外文書頒布の両罪が併合罪の関係にあるものとした点において、他面、検察官が科刑上の一罪(観念的競合)として起訴した事実の一部につき主文において、無罪の言い渡しをした点において、従来の判例に反する判断をしたものと言わざるをえない。

すなわち、従来の判例を見るに、本件の如く戸別訪問と法定外文書頒布の両罪の関係を直接論じたものは見当らないが、大審院昭和七年四月一四日判決(刑集一一巻四四七頁)及び同昭和一三年五月一七日判決(刑集一七巻三八四頁)は戸別訪問と金品又は財産上の利益の供与との関係につき観念的競合に当るとし、広島高等裁判所岡山支部昭和三〇年九月一三日判決(高等裁判所刑事裁判特報昭和三〇年度二巻二一号一〇七八頁)は、戸別訪問と署名運動との関係につき、前同様観念的競合にあたるとしているのであつて、これらの判例の趣旨に従うならば当然本件戸別訪問と法定外文書との頒布とは観念的競合の関係にあると言わざるを得ない。

のみならず、両者の関係が実体法上、如何なる関係があるとしても、本件は、検察官が右の両罪を科刑上の一罪(観念的競合)として起訴し、第一審判決もまた同様刑法第五四条第一項前段を適用処断しているのであるから、もし原判決が、公訴事実の一部につき無罪その他有罪の裁判以外の結論に達した場合には、判決主文においては有罪部分についてのみ、その言い渡しをなし、その他の部分は主文において言い渡すことなく、理由中において判断を示すにとどめるべきものであることは、屡次にわたる判例(例えば大審院明治四〇年六月一七日判決刑録一三輯六七二頁、同明治四二年一一月二九日判決刑録一五輯一六八一頁、同大正三年一二月二七日判決刑録二〇輯二四三七頁、同大正五年六月八日判決刑録二二輯九一三頁、同大正十三年四月七日判決刑集三巻三二九頁、同大正一三年一〇月二八日判決刑集三巻七六三頁、同大正一五年三月一六日判決刑集五巻九〇頁、同昭和八年三月四日判決刑集一二巻一八八頁、同昭和八年四月五日判決刑集一二巻三八三頁、同昭和八年一〇月一九日判決刑集一二巻一八三九頁、同昭和一一年二月二五日判決刑集一五巻一六七頁、同昭和一一年一〇月一三日判決刑集一五巻一三〇四頁、同昭和一三年一〇月八日判決刑集一七巻七一六頁)によりほぼ確立したところであつて、学説もまたこの判例の考え方を支持するのが通説である。(なお、東京高等裁判所昭和二七年五月一三日判決高裁刑集五巻七九四頁は、結合犯として起訴された事実の一部につき、これを別個独立の犯罪と認め、しかもその部分につき、証明不十分又は訴訟条件を欠くなどの理由により無罪又は公訴棄却等の裁判をする場合には、主文において言い渡すべきでなく、理由中にその旨を説明すれば足りる、としている。)

以上のとおり、原判決は、右二点において従来の判例に反する裁判をしたものと言うほかはなく、その判例違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点においても到底破棄を免れないと思料する。

第三、法令違反

原判決は公職選挙法第一三八条第一項の解釈を誤つた違法である。〈以下省略〉

〈参考〉 第一審判決の認定した罪となるべき事実

被告人らは、いずれも昭和三十七年六月七日公示、同年七月一日施行の公職選挙法による参議院議員通常選挙に際し、同法第二百一条の六所定の政治活動をすることができない政治団体(すなわち、いわゆる「確認団体」でない政治団体、同法第二百一条の六第二項、第二百一条の五第三項第四項参照。)である日本民主青年同盟(以下民青という。)の同盟員であつたところ、野坂参三が右選挙に東京地方区から立候補するや、同人に投票を得しめる目的をもつて、民青の一員であるAと共謀のうえ、同年六月二十四日午前十一時十五分頃から午後零時四十分頃までの間に右選挙区の選挙人である東京都大田区女塚一丁目二十五番地N外別表記載の七名方を順次戸毎に訪問し、同人らに対し野坂参三の写真および経歴並びに同人を推せんする記事を主として掲載した、同法第二百一条の十三第一項所定の届出をしていない同年六月二十二日付民青の中央機関誌「民主青年新聞」号外、参院選特集号、東京版(昭和三十八年押第一一四三号の二ないし四および六ないし一〇)を各一部宛交付するなどし、もつて戸別訪問および法定外選挙運動用文書の頒布をしたものである。

〈別表省略〉

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